「家族の交通事故」
20代だった彼女の日常を瞬時に押し潰す、心身ともに大きなショックを受ける中、追い討ちをかけるように親から告げられたのは、「これからは自立して一人で生きて欲しい」という言葉。親もまた事故の対応で限界だったのかもしれません。けれど、突然たった一人で社会に放り出された彼女の心が、悲鳴をあげないはずがありませんでした。
やがて彼女は頑張って働いて「双極性障害(双極性感情障害)」を発症します。激しい気分の浮き沈み、動けなくなるほどの強い鬱症状。それでも、彼女の身体にしみついていたのは「人に迷惑をかけてはいけない」「私が我慢しなければ」という真面目で優しい性格でした。
「辛い」と言えず、自己主張ができない優しさが支援を阻む壁になる
生活に行き詰まり、福祉事業所に相談に行ったものの、彼女は私とあっている時も「いい子」でした。
どんなに心がボロボロでも、幼い頃からの癖で辛さを隠してしまう。その結果、福祉事業者からは「この状態なら自分で生活できる」「まだ緊急性は低い」と判断され、必要な認定や支援を受け取ることができないようでした。
助けを求めて足を運んだのに、我慢強い性格ゆえに苦しみが正しく伝わらず、理解が得られない。行き場所を失った彼女の孤立が伝わってきました。
コウノトリハウスで触れた、言葉にならない声
先日、支援者の方から彼女についての相談を受け、「コウノトリハウス」での受け入れについて話し合う機会がありました。
彼女のように「我慢強いからこそ、制度の枠組みからこぼれ落ちてしまう人」は少なくありません。声高に「助けて」と言える人は支援に繋がりやすいけれど、本当に限界まで追い詰められている人ほど、静かに耐え忍んでしまうという現実があります。
彼女に必要なのは、制度の基準を満たすための「分かりやすい困り感」ではなく、「もう我慢しなくていいんだよ」と寄り添い、ありのままの弱さを受け止めてくれる居場所です。
苦しみを隠してしまうほどの我慢強さは、決して責められるべきものではありません。しかし、それが理由で必要な支援から遠ざけられてしまう社会の構造には、切ない矛盾を感じざるを得ません。
コウノトリハウスで彼女をあたたかく迎え入れ、これまで背負い続けてきた重い荷物を少しずつ降ろせるように。私たちは支援者の方々と手を携えながら、制度の隙間に埋もれてしまいそうな「静かな SOS」をしっかり拾い上げていきたいと考えています。